子どもの頃に感じていた“ある感覚”【後編】

大人になってからも紆余曲折三昧
大人になると子どもの頃よりは自由度が増すので、仕事がお休みの日は
好きな本を読んだり、ショッピングを楽しんだり、友達と遊んだりしていました。
20歳くらいの時に当時、運勢がよく当たると言われていた女性の手相師に、
友達と一緒に興味本位でみてもらったことがありました。
そうしたら、私の手相には後家相があると言われ、
そこからあれよあれよとある宗教の本部まで一緒に行くように勧められ、
足を運んだことがありました。
不思議とそのような流れになってしまいましたが、
私も友達も宗教に入ることは望んでいなかったので連絡を取ることを止めました。
他にもちょっとしたきっかけやタイミングで、
内なる学びの方に人生が運ばれることが多々ありました。
でも、必要がなければ自然と切り離される運びになっていくものでした。
これまでの人生経験や学びで辿り着いたもの
こうした人生の運びは、良くも悪くも自分が引き寄せているのだと思います。
いろんな意味でこれまでご縁があって触れた学びは、
わたしにとってその時々では必要だったのかもしれません。
多くの宗派があり、思想があり、それぞれの思いや感じ方、考え方も違います。
これだけの人間が存在するのですから、違いがあって当然です。
一人として同じ人間は存在しないのですから。
良くも悪くも共鳴するものが引き合わされる。
その共鳴することに自分の自覚があるかないかは関係なく、
意識レベル、無意識レベル、魂レベルの様々な絡みがあって
縁というものは繋がっているのではないかと思います。
私がずっと感覚的に苦しんでいたのは、
魂の感覚と現実世界がうまく融合できずにいたことが
原因なのではないかと思っています。
今だから見えてきたこと
ここ最近、集中していろんなシーンから耳にする言葉があります。
それは、『外側に答えを求めても、自分が求める答えはない。
答えはすべて自分の中にあるのだ。』というものです。
じっくり自分と向き合うこと
これが原点であり、ものすごく大事なことなのだと思います。
私は自分と向き合うことで、
今は幼少期の自分と繋がっている感覚がリアルに感じられます。
私が今辿り着いたと思えているところは、ゴールではなくスタートラインです。
幼少期に感じていた感覚の自分と濁りがない状態で
繋がっている感じがする今は、
『現実世界の中で心身ともに自分を大切にし、幸せになること』
いたってシンプルです。
難しく、複雑にしていたのは自分自身だったのです。
自分が好きだな、幸せだなと感じるものにふれ、世間一般の常識や評価ではなく
自分が好きだなと感じている方を選択していく。
今の瞬間から選び直せるんです。
頭の中で考えるのではなく、感じたことや考えたことはノートに書いて見える化する。
視覚が優れている人はすごく効果があると思います。
聴覚が優れている人は、思っていること感じていることを音声として録音し、
自分の声を聴いてみるのもおすすめです。
頭の中が整理されたり、心が整ったりすると自ずと行動したくなるものです。
私は体感が一番優れていますが、見える化するためにノートに書き出しています。
個人的にはパソコンで文字を打ち込むよりも、実際に書いた方がいいと思っています。
自分が現実世界だけでなく魂レベルで幸せになれば、
それは自然と周囲にも伝わっていくものだと思っています。
コメントを書くにはログインが必要です




コメントを残す
コメントを投稿するにはログインしてください。