
時代に乗り遅れそうなくらいのんびりとした九州で田舎暮らしをしているまーりんです。
レジャースポットはかなり少ないのですが、このご時世ネットが普及しているおかげで、
買い物好きな私はこんな田舎暮らしでもさほど不便さを感じずに
生活できていることがとても有り難いです。
前置きはさておき、
私がこの『幸せノート』というブログを始めた理由について書きたいと思います。
私が幼少の頃に感じていた“ある感覚”があり、その感覚はとても大切だと感じていました。
ですが、小学生になり目に見えるこの世の社会や家族、友人、周囲の人々からは
聞くことのない感覚だと徐々に察し、これまで誰にも話したことはありません。
もちろん、家族や友人にもです。
現実の時代の流れとともに自分も成長していくわけですが、
今、振り返ると、自分の中にある“ある感覚”と
現実生活との乖離(ギャップ)がどんどん広がり、
自分でもわからないうちにわけがわからない苦しみを抱えて生きてきました。
その“ある感覚”とは、非現実的な感覚になりますので、
不快に感じる方はここでブログを閉じて頂けたらと思います。
ご興味のある方はそのまま読み進めてください。
幼少の頃の“ある感覚”とは・・・
私自身が霊感のようなものがあるかと問われたら、「あります!」と自信をもって答えられません。
これは目に見えない領域のことですので、何を基準にするか…もあると思います。
ただ、全く同じ人間が存在しないのと同じように、
霊感のようなものも個人差があるのではないかと思っています。
私の感覚は、肉体の目や耳でいわゆる霊のような存在は、見えたり聞こえたりはしません。
でも、体感としてすごく敏感に感じることがあります。
例えば、幼い頃に他界された方のことを聞いたり、身近におられたりすると
背中のあたりがぞわぞわして、動悸がしたり、体がこわばったりするような状態になります。
これは、大人になった今でも変わりません。
そして、子どもながらに宇宙の神秘さに不思議と胸が熱くなっていました。
人は今生一生涯だけの命ではなく、生まれ変わりもするし
魂(肉体でない内なるものの表現として使っています)は続いていると感じていました。
この感覚は何なんだろう・・・ 私だけが感じているのだろうか?
そして、人は何のために存在し、どこに向かっているのだろう?
このゴールのない、答えの見えないものを感じながら、人生の経過の中で自分なりに答えを見つけようと
書物を読んだり、潜在意識や神経言語プログラミング、引き寄せの法則なども学んでみました。
また、いろいろな出会いがあって人から学んだこともあります。
それでも、それなりに現実社会で仕事もしてきましたし、結婚や子育てを経験し
大切な人との命の別れも経験しています。
紆余曲折な人生を辿り、答えを模索する中で人生折り返し地点の年齢になり、
ある人との出会いで私の中の霧がはれ、気持ちが楽になってきました。
ありのままの自分でいい
ありのままの自分でありながら、この現実世界で幸せに生きることが大切なのだということを知りました。
難しいことはさておき、目の前の現実を作っているのは自分であり、
その現実は自分が選択してきた延長線上での結果であること。
それならば、幸せになるための小さな選択を大切に選び直していく人生にしていこうと思います。
- 私と同じような感覚を持っている方(いるといいなぁ)
- 純粋に自分と向き合い、幸せな人生を歩みたいと望んでいる方
- 内向的だけど、本当はもっと自分を表現したい方
- 人生折り返し地点だけど、第2の人生を幸せにしていきたいと思っている方
このブログに出会った方々にとって、幸せ人生のエッセンスになれれば幸いです。
